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2007年8月1日火曜日 人生道場の館長高島雅之とたくさんの方からの熱い熱いメッセージ。本当に火傷しそうです。 [高島人生紀行記]

2007年8月1日火曜日 
人生道場の館長 高島雅之とたくさんの方からの熱い熱いメッセージ。本当に火傷しそうです。

地球ダイブコーディネーター 高島雅之様
突然のメール失礼致します。現在私はパース観光で滞在している畑中と申します。空港で偶然手にしたフリーペーパーを読んで、パースにこのような日本人がいらっしゃるんだと初めて知りました。フリーペーパーを一気に読んで、高嶋さんのガッツに勇気付けられました。私も頑張ろうという気持ちになりました。ありがとうございました。畑中Hさん

高島様
雑誌WHAT'Sの記事を読みメールをしています。私もこちらに来て18年の歳月が過ぎようとしています。おおよそ同時期ではありますが貴方の御活躍ぶりは驚きと感銘をもって読ませて頂きました。何か勇気を頂いたようで感謝に耐えません。有り難うございます。特に今月号”神輿担ぎ”の人生訓はまさに的を得て離せないものがあります。私、多少の仏教に興味をもちこの”神輿担ぎ”と良く似た法華経の句を見つけました。”そもそも法華経の如渡得船とは教主釈尊巧智無辺の番匠として四味八教の材木を取り集め、正直捨権とけずりなして邪正一如ときり合わせ醍醐一実の釘を丁とうって生死の大海へ、をしうかべ中道一実の帆柱に界如三千の帆をあげて一切衆生を取りのせて釈迦如来は舵を取り、上行菩薩等の四菩薩は函蓋相応して、きりきりと漕ぎ給う所の船を如渡得船の船とは申すなり”高島さんの例え話が偶然? 仏教に近いのに驚くと同時に若い人達に希望を与え続けている事に拍手喝さいを送ります。そこで私が云いたい事は何か、問題はその後です。パースに来て財を成した方はいらっしゃいますが老後は目標を見失い日本へ帰国する人がいます。残念ですが所詮この世での成功は80年、あの世に持っていく事は出来ません。ぜひこのあたりのお話をお聞きいたしたいのです。ご返事を待っています。進藤さん2006年10月14日

Masaさん
大変ご無沙汰しております。と言っても覚えてらっしゃらないかもしれません。1989年〜90年にDiving VentureでMasaさんにOpen waterからDive masterまで指導いただきました。2002年から駐在員としてMelbourneに住んでおり、2年前に14年ぶりに訪れたPerthで少しだけMasaさんと再会しています。先日Melbourneで情報誌What’sを発見し、読んでいたらMasaさんの名を発見しました。大変なご活躍をされているようで嬉しくなりました。私の方は、90年に帰国してから素晴らしい仕事に出会い、以来全力で打ち込んできました。その過程で私も「神と愛」「生かされている自分」を感じていましたので、特に編集後記の「神と愛」のお話にはとても共感し、感銘を受けました。その仕事でMelにも来たわけですが、実はまた新しいことに挑戦したいと思い始めています。高木Aさん(以前のダイブショップのお客様)

高島社長へ
出来るかぎり営業がんばります。私達が移住したら、息子がWhatsグループのため、がんばると申して親を喜ばしてくれます。必ず将来Whatsグループはパースで一番の企業に成長するとおもいます。社長が高島さんであるかぎりは!!
田村Sさん(Whatsグループダイブ部門の役員)

高島君
今 名古屋にいます。本日深夜に自宅へ帰ります。
明日中にサインしてFAXいたします。
私も腹を決めました。安藤Sさん(Whatsグループ旅行部門新役員)

高島様
はじめまして。私、大阪在住の24歳、城山Nと申します。今は商社でビジネスをたたきこみ、数年後に投資関連転職を考えており、最終的にはオーストラリア永住が私の夢です。2年前にワーキングホリデーで渡豪し、メルボルン、シドニーに滞在しておりました。シドニーではHot Paperという広告マガジン社で営業をし、オーストラリアビジネスの一端に触れることができました。オーストラリアの自然、人、街並み、全てが大好きです。シドニー滞在時から職業柄、高島様が出版されている「What’ s」は何度か拝見させていただき、高島様の人生に深く感動しました。今でも私の部屋にございます。パースでビジネスを組み立てられてきた高島様とこの機会にぜひお会いし、将来一緒に何かビジネスをしていきたいと考えております。
城山Nさん

高嶋様
これからも自分らしい生き方してください。中小企業のWATSにとっては、高嶋さんにしかできない仕事(けっこう大胆な営業とか)が、重要だと思います。ビジネスマンとしてのベーシックな仕事(というか高嶋さんのフォロー)は、若手の皆様に期待しています。佐藤H(Whatsグループダイブアドベンチャーズワールドの投資家)

高島さん。 先日は私の話を聞いていただきありがとうございました。 自分の考えにはっきりしたものが見えてきました! 高島さんのお陰です、感謝しています!
SSさん

まささんへ
お疲れ様です。今回の編集後記は100号記念ということで、素晴らしくしまったと思います。でも、記事の中で編集後記、ダイビング、英語の寄稿者マサさんと自分のことを書いているのはおもしろかったですね。
御手洗君(Whatsグループ旅行部門現役マネージャー)

マサさん。
あらためまして、ワッツ100号記念おめでとうございます!なんか感動ですよね。ほぼ8年半の歳月です。ここにいたるまで、凝りもせず、飽きもせず、デザインを担当させていただき、本当にありがとうございます。心より感謝いたします。これからも、マサさんの心意気を伝えるお手伝いができれば光栄です。また、よろしくお願いします!
Norikoさん(Whats現役雑誌デザイナー)

雅さん
Whats100号の編集後記、素晴らしいと思います。昨晩も“雅さんの記事が素晴らしいと”のお言葉をお客様より頂戴しております。いいものは、より多くの方々に、知って頂けるように今後も努めてまいります。1つの雑誌が一人の人生を変える事だってありますからね!最後にコーフィーご馳走様でした。
3人目の息子BEN(Whats旅行部門現役マネージャー)

こんにちは!始めまして!今月のワッツのを読みました!とても勇気付けられました!ありがとうございます!今日ワッツに来て直接お礼を言おうとしたのですがお休みでしたのでメールしました!私は佐藤恵理と申します、英語の事で相談にのっていただけないでしょうか!お返事待っています。英語圏に来て日本語でメールをしてしまいすみません!佐々木Kさん

ハチャメチャマチャさん。
懐かしい響き!そして、相変わらず、決まっていますね!そうですねー、私にとってワッツスタッフは家族ですよ。家族と共にワッツを支えようと頑張っていたあの頃が懐かしいです。マチャさんも、以前と変わらずハチャメチャな奇跡の軌跡を辿って行って下さいね。かげながら、いつも応援しています。
めぐみ(Whatsのダイブ部門旧アイドルスタッフ)

Whats100号やりましたね。すごいですね。これってちなつさんが中心になってやったんですよね。私にはとても出来ないことです。おめでとうございます。あと2年はWhat’sに残ると聞きました。4月1日をめどに私もWhat’sには入れるよう今頑張ってみます。
高島グループの中ではWADCとWhat’sには目をつけていましたので、これからは直接仕事を一緒にすることになりますね。まだ現段階では非公式ですが。これからもよろしくお願いします。
古本さん(Whatsグループ雑誌、ダイブ、人材派遣部門のパートナー)

高島さん
今日は朝からすごいですね。What's も確かに面白い会社です。ね。ただしこの投資金をどのように工面するかということになりますか?まあ不可能ではないと思いますが、検討してみます。
古本さん(Whatsグループ雑誌、ダイブ、人材派遣部門のパートナー)

高島さんへ
今月のワッツの編集後記、感動しました。私も今は、決して強くないと思うけれど、真剣勝負、色々な経験を積んで強くなっていこうと思います。
山口Mさん(女性)

お返事ありがとうございました。高島さんは私が想像している以上にお忙しい方なのに、こんな私にひとつひとつメールを返して頂いて、ありがとうございます。高島さんのおっしゃることの通りだと思います。「自分の技量次第」今の自分のやる気には自信はありますが自分の技量というとまだまだです。 残りのケアンズ生活でやれることをやって、少しでも多くのことを吸収していきたいと思います。何より高島さんに一度お会いしてみたいと、強く思いました!高島さんがおっしゃるように「常に戦いの中に身を投じること」の重要性を最近感じます。自分は強い人間ではありません。時には「逃げたい、 休みたい」と思うこともあります。そんな時は、自ら戦いの中に有無を言わせず、飛び込んでしまうのが私のやり方です。ワーキングホリデーといった限られた期間が後押しして、立ち止まる様な事は最近あまりありません。さらにケアンズには戦いに「行って来い!」と背中を押してくれる方が多くいます。頑張っている友達であったり、雑誌社の方々であったり、日本では感じることのなかったものです。高島さんもその背中を押してくれている一人の方だと、勝手に思っています。言わば刺激をくれる方々ですね。                 箭田川Kさん(男性)

Whatsの会社大きく成れますよ
内の会社もつい5年前までは、状況は全然、違いました 平山大社長

またまたTVの取材が取れそうですね。応援しています。仕事と遊びを真剣にやっているマサさんの人生自体が、TVの題材にでもなりそうですが・・・。そんなマサさんと一緒に、エクスマウスツアーに同行できた事を嬉しく思います。どんな形であれ、またお手伝いできる事があればご連絡ください。 
タクヤ(Whats雑誌旧スタッフ)

高島様
先日お話をしてから、ずっと悩んでおり貴社の新しいホームページを拝見し、その悩みは益々増大しました。小生は高島様を大変尊敬しています。成功しているから、というのもあるかもしれませんが、一言で言えば、会社を営んでいる小生の実兄に似ているからです。そして、そんな高島様に甘えてしまった自分の覚悟の無さを渡濠の準備を進めるうちに、実感しました。貴社は以前とは違い、人材にも恵まれており、皆な目標を持って働いていると感じました。今の小生では、役不足と痛感し、今回のお話は真に勝手ながら辞退したいと思っております。胸を張って高島様と対面出来るようになった時、お客として貴地に伺わせて頂きます。それを目標として、日本で頑張ってみます。この度は、ご迷惑をお掛けして真に申し訳ありませんでした。心の隅に同じ8月14日生まれで勝手に尊敬している者が居る事を、憶えて頂ければ幸いです。この度のご厚情は、一生忘れません。敬具 
猪俣Mさん(Whatsダイビング部門旧スタッフ)

マサさん お疲れ様です。 エクスマスツアー、本当にありがとうございました。
ダイバーとしては、残念な天候でしたが、あの条件の中で最大限に出来る事をさせてもらったと思います。 お客様への気配り、迅速に色々な手配をするなど、本当に「さすが、マサさん」と思わされました。
川口 (Whats雑誌部門旧スタッフ)

高島さん
昨日はダイビング道場でお会いできて嬉しかったです。お忙しい中、私一人のためにお時間を割いてくれたことに感激しました。実は高島さんには人生相談に乗って頂きたいなあと前からWhat’sの編集後記を読んでファンになってから)思っていたので、尊敬している高島さんから何か客観的なアドバイスを頂けると嬉しいです。今週の金曜日(26日)の「高島人生道場」の時間にお会いして頂けないでしょうか?
村瀬Y

マサさん。
つまったら基本にかえりましょう!これはいつも私が武道でいわれちゃうことですけどね。初心に戻ればまた新しく開けるものも出てくるんじゃないでしょうか。頑張ってください。
Noriko(Whats現役雑誌デザイナー)

おはようございます!パースシックのBENです。早くホームに帰りたい。人、空気、ビル。。。昔いたけど今はダメです。んま、こっちに来て感じた事。まず、他都市と比べワッツはまだまだ小さい事。ワッツはまだまだ潜在能力、可能性を十分秘めている事。環境が伸び伸び、楽しく出来る事。雅さんのおかげ!さあ今週も頑張ってまいりましょう!
ベン君(Whats旅行部門現役マネージャー)

まささんの輝いている点、誇れる点、活力はしっかり学んで吸収して、いかして、いかして、いかしまくります。
BEN(Whats旅行部門現役マネージャー)

高島道場、養成講座、What'sの販売商品情報誌化、主催イベントの企画、ホーム
ページの改善、コスト削減、クラブ経営、バックパッカーとの協同運営などなど、天晴れでございます。これだけの事を考え、実行できる方はなかなかいません。マサさんを見ていると、自分への甘えと未熟さを痛感します。これからも、何かあった時はマサさんを見習い、後悔しないように常に前進して行こうと思います。よく遊び、よく仕事をし、自分らしい人生を生きたいものです・・・。
未熟坊主より
(Whats雑誌部門旧スタッフ)

高島様
こちらこそ念願の生高島さんにお会いできて本当にうれしかったです。 初日はWhats、パースの街、英語、高島さん、と今までの私達の日常とは 違った時間が流れて怒涛の日になりましたが 約1週間がたってこの時間が私達のこれからの日常になるんだなと じわじわ実感がわいてきたところです。 Whats&スタッフの皆様もとてもいい方々ですね。高島さんの人柄がこのスタッフを引き寄せているんだなと感じます。 この輪の中に私たちが入れることをとてもうれしく思います。
M Hさん

高島社長
昨日電話ありがとうございました。希望をもつて諦めず高島さんの吉報を待ちます。
田村さん

高島さん 編集後記は現在 毎週20名ダイビング紀行は現在 毎週40名 がインターネット上で閲覧しています。神輿の話、興味深く読ませていただきました。僕は高島さんの神輿をテレビ中継して世界中の人に『高島さんが戦っている様子をみてもらう』仕組み作りをしたり高島さんらしく『神輿自体ををデザイン』したりITとマルティメディアを駆使して『神輿を空中に浮かしてしまう』イメージを持っています。
ヒロ(Whatsのプロモート担当者)

高島さん 編集後記、私の方にも送られてきていたので読ませていただきました。とても感動しました。とても良い内容です。人生で悩んでいる方は結構多いと思うので
今回の編集後記を読めば、きっと勇気付けられると思います。いつ、突然、死に直面するか分からない人生の仲で悩んでウジウジしている暇なんてない、1日1日を精一杯生きていかなければならないと感じました。2007年12月25日 
佐藤SさんWhatsグループダイブ部門現役スタッフ)

高島さん そして、メールに添付してくださったアドレスから、高島様のブログなどを色々と拝読させて頂きました。色々とご苦労もされながら、でもいつも前向きに成功を信じて頑張ってこられたのですね。大変感銘を受けました。
黒田Mさん(女性)

高島さん 2007年2月号Whats記事、こころ深く読ませて頂きました。ご多忙の中、旧知の友の訃報に接し貴殿の悲しみ、お察し申し上げます。また幼いお子様、奥様を残し、ご本人も断腸の思いでありましょう。ご冥福をお祈りさせて頂きます。
進藤 Yさん(パース居住者男性) 

高島さん いいえ、私も高島さんと初めてお会いした時からバイタリティーを感じ自分も何かをしなければという思いにかられました。高島さんとお付き合いさせて頂ければ得るものはたくさんあると感じました。年齢に関係なく目標を持って前に突き進んでいる人が自分のそばにいると自分の人生、現状を改められ良い影響を与えられると思っています。だから高島さんが私に感感と感じてくれた事を高島さんから聞けてとても光栄でし、勘違いだったと思ってもらいたくないです。
Sさん

高島さん こちらこそありがとうございました!!マンツーマンでかなりの緊張で何にも話せなくて 悔しいやら恥ずかしいやらでした。自分から求めて行動しなくてはいけませんよね・・・少しヒントが見えてきました。全て自分自身ですよね! じつは、高島さんの経歴に感動して連絡させて貰ったんです。
TYさん(パースの留学生女性です)

高島君 最後のコーナーでは困りますよ。55歳台後半から60歳台に私は高島君と一緒に第2の人生を邁進したと考えています。今年からスポーツジムに毎週1回通っています。体力強化が必要と思います。がんばってください。  
安藤 (Whatsグループ旅行部門パートナー)

高島さん 出来るかぎり営業がんばります。私達が移住したら、息子がWhatsグループのため、がんばると申して親を喜ばしてくれます。必ず将来Whatsグループはパースで一番の企業に成長するとおもいます。社長が高島さんであるかぎりは!!
田村さん(Whatsグループダイブ部門パートナー)

What's8月号の編集後記を読みました。前半は、16歳の僕にはまだよく分かりませんが、後半にはとても同感する部分があり、僕は、昨日、日本語弁論大会で、自分の信じる生き方について話しました。その時の原稿をアタッチメントで送ります。読んでもらえたらうれしいです。たぶん高島さんには分かってもらえるのではないかと思います。1歳の時オーストラリアに来て、ずっとここで育った僕ですが、こんな考えをもっているティーンエイジャーもいるのです。
村山Yさん(パース在住現役高校生)

会社の継続性、社員の豊かさ、家族の幸せ、につながるものであれば、大いに社長の頭脳とバイタリテイで、開拓・企画を進めてほしいです。私も微力ながら、What's の発展のため、皆さんのちからを、お借りして努力したいと思います。 
田村さん(Whatsグループダイブ部門パートナー)

高島さん。先日は私の話を聞いていただきありがとうございました。自分の考えにはっきりしたものが見えてきました! 高島さんのお陰です、感謝しています!
佐藤Rさん 女性

安藤君 世間と女性をアッと言わせたいですね。これからもますます人生修行ですよ。
仏に近つく訳ですから。本当の仏になる前にたくさんやる事。徹底的に残りの人生を突っ走りますよ。切磋琢磨してお互いにガンバロー。バカヤロウ。やったるぜ。

安藤君 一緒にやろうよ。何か本当に人生って歳を取れば取るほど面白くなって来ますよね。そして更に野望がますます出て来ます。本当にもう誰にも止められない程力が沸いて来ます。もうじき終焉を迎える寸前なのでしょうか?アと同じですよね。
人生を果敢に走り悔いのないように燃え尽きたいと思います

坊主 元気そうで何よりそして人生を大いに謳歌していますね。天晴れじゃ。まるで高島そのままの生き方をしているから。坊主と高島の生き方をこれからも一般大衆に大いに広めて行きたいね。俺だって徹底的に自分のやりたい事を実現しているぜ。坊主のバッパー事業成功を祈る。坊主の対抗馬 神業 高島雅之

京子さん 温かい温泉街湯河原から 温かいお言葉有難うございます。
ビジネスと仕事は飽くなき終わりなき蟻地獄のような戦いの連続です。諦めずに、しぶとく、忍の一字で頑張ります。Whatsグループパースで1番を目指して頑張ります。そこからオーストラリアの東の進出と海外進出が残っています。
これが高島の野暮な野望なのです。高島雅之

豊田さん  大いに人生を果敢に生きましょう。 ちなみに豊田さんはお幾つですか?
私は52歳です。 何か境遇が同じと見たのですが? 私も2人の子供がいます。
13歳の娘と11歳の息子です。 ちょっと話をした時にうなされて
子供をしかっていたと言う話を聞き何か非常に親近感が沸きました。
一緒にビジネスを頑張りましょう。で大いに中年をエンジョイしましょう。 スイマセン。豊田さんは万年青年でしたよね。
私は万年ワーキングホリデーです。 高島雅之

Whatsグループの皆様 オーストラリア 西オーストラリア州 パース在住 日本人の
高島です。高島ワールド3部作 人生。ダイビン。英語のプログが完成しました。
一度ご覧になって下さいませ。これからも高島雅之宜しくお願いします。世界の大物を追う。世界の大物になりたい。
日本人 高島雅之

ヒロ君 彼は非常に高島の生き方と魅力を繊細になおかつ大胆に紹介してくれました。
ヒロ君 どうも有り難う。ヒロ君の実力は高島が一番知っています。これからも大いに世界の人間にアット言わせましょうね。お互いに世界の大物に成りましょう。ヒロ君は一人の大物になるライバルです。
高島雅之

渡部さん はしたく無いので我々の喜望峰(希望峰)宝(ザトウクジラ)を探しにに向かって航海に出ましょう。その時にぜひともインデイさんに財宝探しをして貰いましょう。
インデイーさんにも何かこのプロジェクトに入って頂け無いでしょうかね?
高島

コモトさん 私はいつも奥様に叩かれていますが私はいつも奥様に対して仏の気持ちでお付き合いさせて頂いています。コモトさんも仏の気持ち判りますか?私は最近思うのですが結婚をして、自分の会社を持って、子供を持って、アをする時も本当に自分が仏に近ずいて行く事が判ります。うん。人生とは修行です。今日も決まったかな。
高島雅之

コモトさん 何か最近自分でも怖い位に自分の野望がどんどん現実になって行きます。
これもコモトさんとパートナーシップを組んで順調に進んでいるからだと思います。
本当に人生って人との出会いから始まりますよね。 
高島雅之

コモトさん
この反対の人が多すぎるということです

Kさん その通りです。我々は常に大きくなるように前進して行きましょう。
パースと日本で大いにリーダーシップを取りたいですね。K&高島王国をパース、オーストラリア、日本、タイに築きましょう。我々には強い勇士が一杯いるのできっと作れますよ。
高島雅之

コモトさん Whatsグループにいる人達は全て私と繋がっているのです。今自分の人生で人との繋がりと出会いと何か不思議な物を感じています。これが人生の生きる魅力でしょうか?今日は何か本当自分が繊細に感じています。仏の域に向かっています。この4日間強烈な仕事をこなしました。強烈に感動しました。本当に人間の仕事と言うのは生きる上で空気とお水のように当たり前にやる事が大事です。何か今日は非常にセンチメンタルになっております。人と出会い共に仕事を分ち合いお互いに仕事の達成感の喜びを分かち合う。大きな満足感を得られる。これがやっぱし人生の生きる喜びです。大いに仕事をする事。これが繊細さを増すのです。もっともっと繊細に仕事をしたい。
高島雅之

コモトさん 仕事仕事又仕事です。これが我が人生です。高島に仕事無くなった時に人生が終わる時だと思っています。今日もスタート。
高島雅之

コモトさん 一緒に色々なプロジェクト、ビジネス、我々の人生に勝負したいと
言う事です。果敢に戦って勝利を収めて行きたいと思うのです。
高島

コモトさん 兎に角今日やる事、やれる事、やらなければ行けない事を責任持ってこなしているだけなのです。でもいつもこの習慣が付いているから瞬間的な決断力、集中力、頭の切れが良い事、仕事は誰よりも速いと思います。これも仕事をしているお陰です。
高島

古本さん 今日も私は熱いですよ。この熱さを皆様に伝導していかないと私は燃えてしまうのです。皆様私を助けて下さい。最終的な決断を頂けると有り難いと思います。
今が乗り時なのです。おいちょかぶ で言うとコモトさんと高島は今正しく総取りの連続なのです。これを絶対に逃さないで下さい。
高島ビジネスは今本当に波に乗っています。
高島雅之

Sさん やっぱし人間は本音で生きないと生きている価値がなくなります。私はこの半世紀本音人間で生きているのでなおさらです。
高島雅之

Sさんだから高島はハチャメチャマチャなのです。たくさんビジネスを持ち過ぎて大変なのですがたくさんの人が支えてくれているので本当に遣り甲斐が有ります。後はビジネス的にはたくさんのお金と個人的にはほんの少しの余裕の有るお金が欲しいですね。お金からの開放と自立が最初の目標です。この前ニューヨークに行って自由の女神に会いいったのはそうです。まずはお金からの開放される為に行ったのです。自由の女神に言われました。もっと働きなさいと頑張りなさい!これ以上働いたら眠る時間が無いのですが、回答は良いパートナーと人材を見付けて一緒にやる事です。と言う事で良い人材とパートナーを探しています。もしかしたらSさんが良いパートナーではないかと思っています。勘違いですかね。でも会った時に缶の中に入っているようなカンカンと音がして感感と感じたのですが。やっぱり勘違いそして気のせいですかね。
高島雅之


2007年2月編集後記(高島雅之人生紀行記) [高島人生紀行記]

2007年2月号Whats編集後記

中国出身で日本の大学を出て更にパースの大学院を卒業されつい先日まで日本の貿易会社で勤めていたOさんが仕事中に事故で亡くなったと言う知らせを奥様から受けました。この一報には本当に私はビックリし更になぜ彼がこの世の中から去らなければ行けないのかと言う怒りが込み上げて来ました。彼は非常に真面目ないつも笑顔で爽やかな男性で兎に角いろいろと面倒を見てくれる優しい人でした。彼は一時期私の会社でも働いてくれて私の仕事の面倒をたくさん見てくれました。私の会社を退職後は日本の貿易会社に就職が決まり更に最近お子さんが産まれて正しく順風万歩の道を歩んで行った人でした。Oさんも間違い無く異国生活 日本の大学と会社を通しての生活その後パースでの大学院と仕事での生活を通して大層苦労されたのは間違いない筈です。だから私も彼がそれだけ苦労したから良い就職に恵まれ、良い子供を授かって順風万歩の道に辿り着くのは当り前だと思っていました。そこで私は神様に聞きたい!神様なぜあなたはOさんの命を急に奪ったのですか?なぜOさんはこの世の中に住めないのですか?なぜOさんはあの世が良いのですか?Oさん一体何があなたの前で起こったのですか?Oさんは神様とどのような話をしたのですか?どうしてこの世を去りあの世を選んだのですか?なぜこのような事に成ってしまったのか知りたいです。人の人生ってはかないです。自分の意思、好き嫌いに関わらず神様の勝手な意思で突然生を授け、又自分の意思、好き嫌いに関わらず突然生を奪うのです。私達はこの生の現実、人生の現実をしっかりと直視して、受け止めて、契約書にサインをして人生を過ごさなければ行けないのです。そうです。既に生まれる前にこの重大な契約書にサインをして産まれて来たのです。そして契約書にサインをしてしまったので突然死の宣告を受けたらそれに従わなければ行けないのです。幾ら自分のこれからの予定を説明しても、これからが一番大事な人生だと説明しても、自分にはたくさんの人の面倒を見る必要が有ると説明しても、お金がたくさん有るから幾らでもお金を払うと説明しても、もう無理なのです。契約違反は出来無いのです。死から逃げる事も出来ないです。これが人生の現実なのです。みなさんしっかりと人生の現実を直視して下さい。突然生を授かり、突然死ぬ事。これが人生の宿命です。この生を授かり、死ぬまでの間に皆さんがこの短い人生の中で最大限に喜びと楽しみと生き甲斐を体験出来るかが人生の価値なのです。その為に我々はこの厳しい人生を歩んでいるのです。喜び、楽しみ、生き甲斐を得る為にはそれ以上に悲しみ、苦痛、絶望を乗り越えなければ行けないのです。悲しみ、苦痛、絶望を乗り越えてこそ最大の喜び、楽しみ、生き甲斐が体験出来るのです。その為に我々はこの空しい人生に対して勇気を持って人生を果敢に生きる、人生の中で空しさと戦う価値が出て来るのです。皆さんこの人生の現実に臆病にならずに勇気を持って立ち向かいましょう。一人だと非常に弱いです。皆の力を合わして協力して戦いましょう。さあ2007年皆さんは短い人生の中でどのように戦いますか?どのような活動をして行きますか?地球上の皆で明るい、楽しい、生き甲斐の有る世の中を作って生きましょう。他力本願では駄目です。皆さんが主役です。皆さんが自立をしてこの活動をしなくてはいけないのです。Whatsグループ代表高島とスタッフは一丸となって明るい、楽しい、生き甲斐の有る環境をパース、オーストラリア、日本、中国、その他の国の人達と共に作り上げて生きたいと思います。その環境を一緒に作り上げて見たい人高島にメールをして下さいませ。一緒に作り上げましょう。明るい、楽しい、生き甲斐の有る環境を作る為の高島道場の参加者募集中。
お問い合わせは高島道場の館長高島雅之までmtaka@iinet.net.au

最後にOさんのご家族と親族の方ご冥福お祈ります。ご家族の方Oさんは何時でも我々の後ろで見守って頂いている筈です。そしてOさん何時になるか判りませんが高島もそちらの方に行きますのでその時は宜しくお願いします。高島はOさんとそして神様と共に人生を果敢に攻めて行きます。


2007年1月Whats編集後記(高島人生紀行記) [高島人生紀行記]

新年明けましておめでとうございます。2006年Whatsグループをご愛顧して頂き誠に有難うございます。2007年も皆様に喜んで頂けるサービスを社員一同でご提供させて頂きます。今年もWhatsは明るく元気で楽しくいつもスマイルで活動させて頂きます。さてミナさんと皆さん昨年はいかがでしたか?自分の目標をしっかりと達成できましたでしょうか?自分の夢を実現出来ましたでしょうか?1年間フル活動して充実した1年を過ごせましたでしょうか?1年と言うのはアッという間に過ぎてしまいます。自分でしっかりとした目標を設定してその目標を達成させる為に日夜活動をしないと中々自分の目標は達成出来ません。そして一旦自分が決めた目標は必ず達成させる事です。途中で諦めない事です。諦めるのは簡単ですがその後悔は死ぬまで続きます。一旦諦める癖を付けるといつでも何処でも諦めてしまう。これが自分の人生で一番怖いのです。諦らめる事により賞は貰えません。これはひとつの諦め症と言う病気です。この病気になると何も目標が達成出来ません。目標が達成出来ないとやる気が出ません。何も出来ないから自信が喪失します。生きて行く気力が無くなる。そうなると自分が暗くなって周りに悪い影響を与えると言う悪いシナリオです。こう言うシナリオを持って生きている人たくさんいるのでは無いでしょうか?皆さんの周りを見て下さい。この諦め症の方結構いるのでは無いでしょうか。一旦自分で決めた目標そしてヤルと決めた事は必ず達成させる事。人が何と言おうと、人が馬鹿にしようと、それに屈せずにヤルと公言した場合は必ず命懸けで死ぬ気でやる事です。このヤルと決めた事をヤル事により色々な障害と時には傷害を乗り越えて色々な体験と経験が出来ます。もうこれで万事休すもうこれで終わりだと言う事も出て来ます。そんな時に歯を喰いしばって頑張って生きる、乗り越える道を探すのです。諦めるのではなくて考えて考えるのです。どうやったらこの問題を解決出来るのか、乗り越えられるのか真剣に命懸けで考えるのです。ハイ。その時です。皆さんの前に2つの物体が現れるのです。一つは悪魔です。甘いそして優しい声で囁きます。そこまでする事はないんだよ。もう諦めて楽をした方がいいよと言います。こちらに来なさいと。そうしようかとおもうのですが。もう一つの物体も現れます。神です。彼は厳しい顔をしています。お前まだそんな事も出来ないのか!バカヤロウ!まだまだ甘いだよ。もっともっと苦労しなければ行けないだよ。お前にはもっともっと大きな目標を達成しなければいけないんだ。自分の為にもっと苦労したければこっちに来なさい。大変だぞ。覚悟はいいか。死ぬかもしれないぞ。と言っています。ここで皆さん考えて下さい。この時の皆さんの最終決定が自分の人生の中で大きな違いが出て来るのです。ここで頑張れる人は自分の人生を成功に導く人です。ここで頑張れない、諦める人は不成功に導く人です。所謂今世間で言う勝ち組と負け組みに分かれる選択なのです。1回諦めると2回、3回というようにいつでも諦めてしまいます。諦めるのは簡単です。楽です。所が最終的にはこの人達が最後の最後まで一番苦労する人なのです。諦めずに最後の最後までやる人はその時は苦労しますがこの難関を乗り越える為に自分の最大限の肉体と精神力を使います。火事場の力持ちでは無いのですがその時に神業の力が出て来るのです。これは皆さんが諦めずに頑張ろうと言う選択をしたから神が応援してくるのです。だから信じられない神々の詩に出て来る神業が出て来るのです。この非常に厳しい環境をそして死ぬかもしれない難関を乗り越えた後そこにはユートピアが有るのです。達成感。充実感。幸福感。自分がこの世の中に生きていると言う自分の存在感を得られます。ここに人生の楽しみ、不思議が有るのです。どうでしょうか?今回の私の仮説はいかがでしょうか?皆様も同じ考えでしょうか?最初で最後のたった一度の自分の人生。100%完全燃焼で積極果敢に自分の人生を攻めて生きましょう。生きる情熱を皆で持ってお互いに素晴らしい人生を過ごしましょう。そして生物と動物と人間が共存する素晴らしい自然環境皆を皆で創造して生きましょう。2007年Whatsグループ代表高島雅之とスタッフ一同はこのように考えを持ちながら活動をして行く所存でございます。最後に皆様の熱い生きる情熱をお借りしながら素晴らしい環境を創造させて頂きます。
記事に関するご意見をお待ちしております。mtaka@iinet.net.au高島雅之まで


2006年12月 Whats編集後記(高島人生紀行記) [高島人生紀行記]

裸一貫でパースに来て何と20年が経過しました。奇跡のような軌跡を残して来ました。
日本で12年間勤めた会社を退職し、32年間住んだ日本を脱出。パースに到着。香港女性との運命的な出会い。パースの英語学校入学オーストラリア人のダイブショップでフルタイム獲得。1年半トラベル&ツーリズムディプロマコースを受講そして卒業ワーキングビザ申請に失敗し涙を飲んでパースを離れる。香港で香港女性との結婚承諾を得る。香港女性が日本に来日。東京でトラックの運転手をしながら貧しいウィークリーマンション生活をする。日本でダイビングインストラクターの資格取得。ダイブショップオーナーの協力で日本でワーキングビザ申請が受理される。日本と香港で結婚式を挙げる。念願のパースで再度生活を始める。家を購入。子供誕生。ダイブショップにスポンサーになっていただき、居住権を申請し受理される。独立。高島インターナショナルマーケティングサービスを設立。オーストラリア旅行代理店を開設。ダイブショップを開設。留学エージェントを開設。日本語情報誌発刊。日本のテレビ局の取材コーディネートを開始。カーナック島でアシカと遊ぶデイツアーを開始。世界のダイビングを企画・開催する高島同行ダイブツアーを開始。規模拡大し過ぎで行き詰まる。セクション毎にパートナーを持ち独立採算制度を採用する。独立採算とパートナーを持った事でビジネスが回復する。人材派遣の会社発足。ITの会社発足。日本に株式会社を持つ。以上が高島雅之の20年間の奇跡の軌跡でした。インディアナジョーンズの映画のように、毎日毎日金塊、財宝、宝を求めて、命懸けでパース、オーストラリア、日本、中国、タイ、マレーシア、韓国、ニュージーランド、トンガに行き、大きな危険を冒して冒険をして来ました。この間何度も死ぬ直前までいきました。もうこれで終わりかなと思う事もありました。でも常に生きるという事を諦めずに戦いました。悪魔にマサもうそんな苦労せずに諦めてこっちに来なさい。楽になるよ。と誘われます。でもそういう時は私の親父が出て来て助けてくれました。本当に信じられない神に通じる、仏に近づく世界を体験して来ました。神々の詩が聞こえて来るのです。目に見えない、予想が出来ない、手に触れられない色々な目まぐるしい展開がありました。毎日毎日完全燃焼し、そして真剣勝負で生きて来ました。私の人生で一番中味の濃い、充実した自分の強い意思を持って生きて来た20年間奇跡の軌跡です。感無量です。この20年間でたくさんの人と出会い、たくさんの人と仕事を一緒にやって来ました。これも私にとっては大きな財産で宝物です。特に今現在What'sグループのWAダイブセンター、WAトラベル&ダイブセンター、WAスチューデントサービス、ワッツマガジンWA、ダイブアドベンチャーズワールド、オーシャンサファリ、高島インターナショナル、ワッツ人材派遣、ITのパートナーとスタッフは、私の一番の宝物、そして私の命だと思っています。会社というのは神輿だと思います。私は神の如く命がけで神輿の上に乗る社長です。スタッフはその神輿を命懸けで担ぎ神が指す財宝、宝がある目標に向かって走り抜きます。途中他の色々な神輿とぶつかり合い何度も戦い、負けたら神が神輿の上から落ちて死ぬ。勝ったら神が乗る神輿が目標に到着してそこにある財宝、宝を分配する。そして命懸けで大きな目標を勝ち取った充実感を持って祝杯を挙げる。神とスタッフはこの宝でより良い生活が出来るという世界だと思います。会社は神輿。社長は神。社員は神輿の担ぎ手。そんな関係ではないでしょうか?神の社長は担ぎ手の担ぎ方、走り方を見ながら色々なアドバイスをする。もっともっと情熱を持ってやる気を持って担げるよう、もっともっと早く走って貰うようやる気を出させる事が大事な仕事です。他の会社の神輿に負けないよう、色々な事を考えながら担ぎ手と共に活動する事も大事です。神輿の担ぎ棒は色々なセクションです。担ぎ棒の先頭はマネジャーです。担ぎ棒や色々なセクションがたくさんあればあるだけ、担ぎ手がたくさんいればいるだけ神輿は安定します。そして頑丈で力が出て来ます。戦に勝てば勝つだけたくさんの財宝と宝を手に入れる事が出来るので、神輿をもっと強く作る事が出来ます。担ぎ手をもっともっと雇う事が出来ます。たくさんの戦を経験し、戦に勝てば勝つだけ神と担ぎ手は大きな自信を持つ事が出来ます。さらに誇りを持つ事が出来ます。神は必ず引退します。その時担ぎ手の中から神を選びます。それは神が決めます。その神の決断と選択は皆の担ぎ手から支持されなければいけないのです。神の社長はいつでも担ぎ手の為に努力して滅私奉公でガムシャラに働きます。どうでしょうか?私の独特な描写。What'sグループのスタッフ、そして読者の方ご理解いただきましたでしょうか?私は今神に近づき、仏になろうと思っています。神そして仏になる前に、大きな野暮な野望を作り上げていきたいのです。私にはもうあまり時間がないのです。カメのようにのろのろ歩いている訳にはいかないのです。駿足疾風馬のように速く走らなければいけないのです。What'sグループの世界戦略を何としても完成させたいのです。What'sグループのサービスを各国で展開したいのです。この大きな夢と野望そして財宝と宝を目標に私と一緒に神輿を担いでみませんか ?新しい神輿(会社)、神輿の上に乗る神(パートナー)、神輿の担ぎ手(社員)を募集しています。私と共に命懸けで情熱を持って、一度しかない大切な自分の人生を大きく切り開いていきませんか!


2006年11月Whats編集後記(高島人生紀行記) [高島人生紀行記]

世界のどこかに自分のダイビングショップを持つという大きな目標を持って日本を脱出、世界放浪の旅に出た。最初に訪れた国がオーストラリアパース
当時オーストラリアの中でシドニーゴールドコースト、ケアンズは有名で日本のテレビ番組、旅行雑誌、旅行代理店がキャンペーンをして大々的に売り出していました。私は良く知られている所、皆が知っている所、皆が行っている所には全然興味がないのです。インディージョーンズの映画の世界にある見知らぬ所、どんな人間が現れるのか判らない、どんな化け物が出て来るか判らない、大きなリスクがある、だけどそこには大きな財宝が隠れているというアドベンチャー的な生き方が好きなのです。という事で誰も知らない、雑誌、本を見ても全然情報が得られない都市パースを選んだ。旅行ジャーナリストの兼高かおるさんが言った世界で一番美しい街、世界で一番住んで見たい街との出会いだ。来て早々この街が気に行った。自然と自然色がたくさんありました。真っ青な空。真っ白なビーチ。桃色のオウム。緑色の芝生。黄色、紫、だいだい色の花。本当に感動しました。パースでの生活が始まりました。パースで英語力を付けると言う目標があったので、日本から自分で申し込みをしたMilnerという学校に行きました。パースでは老舗の英語学校です。パースは余り知られていないので日本人が少ないと思っていましたが、そんな予測が外れて結構毛だらけで日本人の方がたくさんいました。32歳で英語学校に行きました。日本はその当事バブルで非常に良い給料が貰え、ボーナスが年間12ヶ月あり、週給2日、良い車を乗り回し、年に何回も海外でダイビングして、高級アスレチッククラブのメンバーになり、上司と高級なクラブに行き、たくさんの彼女に囲まれて、そしてマネージャーというポストが得られるチャンスがあって、エリートコースという道もありました。本当に良い、贅沢な、遣り甲斐のある生活をしていました。自分の大きな目標を達成する為に、こんな恵まれた生活を全部捨ててしまったのです。来る前は自分の夢を達成する為にウキウキして会社を辞め、日本を脱出してパースに到着した時は本当に開放感がありました。以前ミクロネシア諸島にあるパラオ諸島カープ島のビーチで、ハンモックに横になり、紺碧の海を見ながらクインシージョーンズの音楽を聴いた時の開放感とまるっきり同じで、本当に気持ちが良かった。でもパースに来てからは、収入のない英語学校の学生になってしまったのです。12年間血と汗水垂らして一生懸命に稼いで貯めた自分の金600万円を食い潰している事に気が付きました。夢達成の為に仕方がないと思うのですが、本当に夢が達成出来るのか?もしかしたら夢が達成出来ずにこのまま人生の奈落の底に堕ちて行くのではという不安感に悩まされ、そして不眠症にも陥りました。ここでいつもの得意技、捨て身業を使いました。今迄自分が日本で築き上げて来た物、家族、親類、友達、上司、全財産を捨てる覚悟を決めました。更に持ち金は将来のダイビングショップの資金として使えるように減らさずにもっと軍資金を作ろうと決めました。そして英語学校Milnerの校長さんMr. Milnerと商談をして、ランチボックスの販売権利を得る事に成功したのです。来て直ぐの英語での営業販売でした。いや本当にこの商談成立は嬉しかったです。このランチボックスの販売でたくさんの学生さんと交流する事が出来ました。ランチボックスの販売をしながら色々なサービス販売を展開する事が出来ました。ダイビングコース&ツアー、旅行、学校、車とバイク、フラットとシェアー、不動産、仕事、ビザというようにあらゆる商品の紹介をする事が出来ました。この活動経験が今私がWhatsグループの中でサービス提供しているヒントときっかけになっているのです。日本はバブルが終わり、成長が終わり、安定もなくなり非常に厳しいサバイバルの時代になってしまったのです。自分で仕事をクリエイトできる人間。自分で稼げる人間のみが生きられる時代になってしまったのです。反対に自分で仕事をクリエイト出来ない、稼げない人間はこの世の中で生きる事が出来なくなってしまったのです。強者が残り弱者は滅びる。勝ち組と負け組の2つに分かれる時代。都会にいながら野生の世界の弱肉強食の時代なってしまったのです。弱者と負け組が自然淘汰される時代なのです。さて皆さんは勝ち組を目指しますか?それとも自分の人生を諦めて負け組に甘んじますか?そうです。今、皆さんはこの決断をして勝ち組を目指すのです。たくさんのリスクはありますが、怖がらずに自分の人生を果敢に攻めて行きましょう。勝ち組を目指したい方どうぞ高島道場に参加して下さい。mtaka@iinet.net.au。Whatsグループでは人材派遣業を開始しました。仕事を探している方、良い人材をお探しの企業の方、お問い合わせはWhats Employmentまで。


2006年10月Whats編集後記(高島人生紀行記) [高島人生紀行記]

裸一貫でパースに来て何と20年が経過しました。奇跡のような軌跡を残して来ました。
日本で12年間勤めた会社を退職し、32年間住んだ日本を脱出。パースに到着。香港女性との運命的な出会い。パースの英語学校入学オーストラリア人のダイブショップでフルタイム獲得。1年半トラベル&ツーリズムディプロマコースを受講そして卒業ワーキングビザ申請に失敗し涙を飲んでパースを離れる。香港で香港女性との結婚承諾を得る。香港女性が日本に来日。東京でトラックの運転手をしながら貧しいウィークリーマンション生活をする。日本でダイビングインストラクターの資格取得。ダイブショップオーナーの協力で日本でワーキングビザ申請が受理される。日本と香港で結婚式を挙げる。念願のパースで再度生活を始める。家を購入。子供誕生。ダイブショップにスポンサーになっていただき、居住権を申請し受理される。独立。高島インターナショナルマーケティングサービスを設立。オーストラリア旅行代理店を開設。ダイブショップを開設。留学エージェントを開設。日本語情報誌発刊。日本のテレビ局の取材コーディネートを開始。カーナック島でアシカと遊ぶデイツアーを開始。世界のダイビングを企画・開催する高島同行ダイブツアーを開始。規模拡大し過ぎで行き詰まる。セクション毎にパートナーを持ち独立採算制度を採用する。独立採算とパートナーを持った事でビジネスが回復する。人材派遣の会社発足。ITの会社発足。日本に株式会社を持つ。以上が高島雅之の20年間の奇跡の軌跡でした。インディアナジョーンズの映画のように、毎日毎日金塊、財宝、宝を求めて、命懸けでパース、オーストラリア、日本、中国、タイ、マレーシア、韓国、ニュージーランド、トンガに行き、大きな危険を冒して冒険をして来ました。この間何度も死ぬ直前までいきました。もうこれで終わりかなと思う事もありました。でも常に生きるという事を諦めずに戦いました。悪魔にマサもうそんな苦労せずに諦めてこっちに来なさい。楽になるよ。と誘われます。でもそういう時は私の親父が出て来て助けてくれました。本当に信じられない神に通じる、仏に近づく世界を体験して来ました。神々の詩が聞こえて来るのです。目に見えない、予想が出来ない、手に触れられない色々な目まぐるしい展開がありました。毎日毎日完全燃焼し、そして真剣勝負で生きて来ました。私の人生で一番中味の濃い、充実した自分の強い意思を持って生きて来た20年間奇跡の軌跡です。感無量です。この20年間でたくさんの人と出会い、たくさんの人と仕事を一緒にやって来ました。これも私にとっては大きな財産で宝物です。特に今現在What'sグループのWAダイブセンター、WAトラベル&ダイブセンター、WAスチューデントサービス、ワッツマガジンWA、ダイブアドベンチャーズワールド、オーシャンサファリ、高島インターナショナル、ワッツ人材派遣、ITのパートナーとスタッフは、私の一番の宝物、そして私の命だと思っています。会社というのは神輿だと思います。私は神の如く命がけで神輿の上に乗る社長です。スタッフはその神輿を命懸けで担ぎ神が指す財宝、宝がある目標に向かって走り抜きます。途中他の色々な神輿とぶつかり合い何度も戦い、負けたら神が神輿の上から落ちて死ぬ。勝ったら神が乗る神輿が目標に到着してそこにある財宝、宝を分配する。そして命懸けで大きな目標を勝ち取った充実感を持って祝杯を挙げる。神とスタッフはこの宝でより良い生活が出来るという世界だと思います。会社は神輿。社長は神。社員は神輿の担ぎ手。そんな関係ではないでしょうか?神の社長は担ぎ手の担ぎ方、走り方を見ながら色々なアドバイスをする。もっともっと情熱を持ってやる気を持って担げるよう、もっともっと早く走って貰うようやる気を出させる事が大事な仕事です。他の会社の神輿に負けないよう、色々な事を考えながら担ぎ手と共に活動する事も大事です。神輿の担ぎ棒は色々なセクションです。担ぎ棒の先頭はマネジャーです。担ぎ棒や色々なセクションがたくさんあればあるだけ、担ぎ手がたくさんいればいるだけ神輿は安定します。そして頑丈で力が出て来ます。戦に勝てば勝つだけたくさんの財宝と宝を手に入れる事が出来るので、神輿をもっと強く作る事が出来ます。担ぎ手をもっともっと雇う事が出来ます。たくさんの戦を経験し、戦に勝てば勝つだけ神と担ぎ手は大きな自信を持つ事が出来ます。さらに誇りを持つ事が出来ます。神は必ず引退します。その時担ぎ手の中から神を選びます。それは神が決めます。その神の決断と選択は皆の担ぎ手から支持されなければいけないのです。神の社長はいつでも担ぎ手の為に努力して滅私奉公でガムシャラに働きます。どうでしょうか?私の独特な描写。What'sグループのスタッフ、そして読者の方ご理解いただきましたでしょうか?私は今神に近づき、仏になろうと思っています。神そして仏になる前に、大きな野暮な野望を作り上げていきたいのです。私にはもうあまり時間がないのです。カメのようにのろのろ歩いている訳にはいかないのです。駿足疾風馬のように速く走らなければいけないのです。What'sグループの世界戦略を何としても完成させたいのです。What'sグループのサービスを各国で展開したいのです。この大きな夢と野望そして財宝と宝を目標に私と一緒に神輿を担いでみませんか ?新しい神輿(会社)、神輿の上に乗る神(パートナー)、神輿の担ぎ手(社員)を募集しています。私と共に命懸けで情熱を持って、一度しかない大切な自分の人生を大きく切り開いていきませんか!


2006年9月Whats編集後記(高島人生紀行記) [高島人生紀行記]

世界のどこかに自分のダイビングショップを持つという大きな目標を持って日本を脱出、世界放浪の旅に出た。最初に訪れた国がオーストラリアパース
当時オーストラリアの中でシドニーゴールドコースト、ケアンズは有名で日本のテレビ番組、旅行雑誌、旅行代理店がキャンペーンをして大々的に売り出していました。私は良く知られている所、皆が知っている所、皆が行っている所には全然興味がないのです。インディージョーンズの映画の世界にある見知らぬ所、どんな人間が現れるのか判らない、どんな化け物が出て来るか判らない、大きなリスクがある、だけどそこには大きな財宝が隠れているというアドベンチャー的な生き方が好きなのです。という事で誰も知らない、雑誌、本を見ても全然情報が得られない都市パースを選んだ。旅行ジャーナリストの兼高かおるさんが言った世界で一番美しい街、世界で一番住んで見たい街との出会いだ。来て早々この街が気に行った。自然と自然色がたくさんありました。真っ青な空。真っ白なビーチ。桃色のオウム。緑色の芝生。黄色、紫、だいだい色の花。本当に感動しました。パースでの生活が始まりました。パースで英語力を付けると言う目標があったので、日本から自分で申し込みをしたMilnerという学校に行きました。パースでは老舗の英語学校です。パースは余り知られていないので日本人が少ないと思っていましたが、そんな予測が外れて結構毛だらけで日本人の方がたくさんいました。32歳で英語学校に行きました。日本はその当事バブルで非常に良い給料が貰え、ボーナスが年間12ヶ月あり、週給2日、良い車を乗り回し、年に何回も海外でダイビングして、高級アスレチッククラブのメンバーになり、上司と高級なクラブに行き、たくさんの彼女に囲まれて、そしてマネージャーというポストが得られるチャンスがあって、エリートコースという道もありました。本当に良い、贅沢な、遣り甲斐のある生活をしていました。自分の大きな目標を達成する為に、こんな恵まれた生活を全部捨ててしまったのです。来る前は自分の夢を達成する為にウキウキして会社を辞め、日本を脱出してパースに到着した時は本当に開放感がありました。以前ミクロネシア諸島にあるパラオ諸島カープ島のビーチで、ハンモックに横になり、紺碧の海を見ながらクインシージョーンズの音楽を聴いた時の開放感とまるっきり同じで、本当に気持ちが良かった。でもパースに来てからは、収入のない英語学校の学生になってしまったのです。12年間血と汗水垂らして一生懸命に稼いで貯めた自分の金600万円を食い潰している事に気が付きました。夢達成の為に仕方がないと思うのですが、本当に夢が達成出来るのか?もしかしたら夢が達成出来ずにこのまま人生の奈落の底に堕ちて行くのではという不安感に悩まされ、そして不眠症にも陥りました。ここでいつもの得意技、捨て身業を使いました。今迄自分が日本で築き上げて来た物、家族、親類、友達、上司、全財産を捨てる覚悟を決めました。更に持ち金は将来のダイビングショップの資金として使えるように減らさずにもっと軍資金を作ろうと決めました。そして英語学校Milnerの校長さんMr.Milnerと商談をして、ランチボックスの販売権利を得る事に成功したのです。来て直ぐの英語での営業販売でした。いや本当にこの商談成立は嬉しかったです。このランチボックスの販売でたくさんの学生さんと交流する事が出来ました。ランチボックスの販売をしながら色々なサービス販売を展開する事が出来ました。ダイビングコース&ツアー、旅行、学校、車とバイク、フラットとシェアー、不動産、仕事、ビザというようにあらゆる商品の紹介をする事が出来ました。この活動経験が今私がWhatsグループの中でサービス提供しているヒントときっかけになっているのです。日本はバブルが終わり、成長が終わり、安定もなくなり非常に厳しいサバイバルの時代になってしまったのです。自分で仕事をクリエイトできる人間。自分で稼げる人間のみが生きられる時代になってしまったのです。反対に自分で仕事をクリエイト出来ない、稼げない人間はこの世の中で生きる事が出来なくなってしまったのです。強者が残り弱者は滅びる。勝ち組と負け組の2つに分かれる時代。都会にいながら野生の世界の弱肉強食の時代なってしまったのです。弱者と負け組が自然淘汰される時代なのです。さて皆さんは勝ち組を目指しますか?それとも自分の人生を諦めて負け組に甘んじますか?そうです。今、皆さんはこの決断をして勝ち組を目指すのです。たくさんのリスクはありますが、怖がらずに自分の人生を果敢に攻めて行きましょう。勝ち組を目指したい方どうぞ高島道場に参加して下さい。mtaka@iinet.net.au。Whatsグループでは人材派遣業を開始しました。仕事を探している方、良い人材をお探しの企業の方、お問い合わせはWhats Employmentまで。


2006年8月Whats編集後記(高島人生紀行記) [高島人生紀行記]

日本で12年間勤めた会社を退職して、自分のダイビングショップを持とうという夢を持って、世界放浪の旅に出掛けました。最初に、世界で一番自然がありそうなオーストラリアを選び、さらにあまりよく知られていないパースを選びました。パースに来てすぐに気に入ってしまった。特に芝生の緑色、木々の色、空の色、ビーチの白色、オウムの桃色など、自然の色に感動してしまいました。日本の都会では気が付かない自然な魅力です。自然がたくさんある街パースに住む事に決めました。早速、仕事探しを始めました。やりたい仕事は決まっていました。自分のダイビングショップを持つ為に、オーストラリアのローカルのダイビングショップで仕事を見付けるしかなかったのです。ローカルのダイビングショップで、オーストラリア流のダイビングビジネスマネージメント英語勉強したかったのです。ここでしっかりと学んで、経験を積んで将来自分のダイビングショップでいかしたかったのです。早速パースにあるダイビングショップを調べました。当時Diving Ventures、Barracuda Dive、Dive & Ski Surfという店がありました。Diving Venturesのパンフレットに日本語が書いてあったので、まずこのお店を訪ねる事に決めました。仕事を確実に得る為に、ダイビングをしたいお客様を20名程集めて、それを持ってショップのドアをノックしました。ダイビングショップのオーナーEddieとの出会いです。パースに来て最初のローカルオーストラリア人との交渉です。メガネを掛けた人の良さそうな人でした。早速、マイ ネーム イズ マサユキ。ハウ ワユウと、たどたどしい英語を使いました。そして、私はダイビングコースを受けたい20人の日本のお客様を持っているので、このお客様を紹介するから買って欲しい旨を伝えました。非常に高い値段をつけたので、Eddieさんは困って電卓を打ち始めました。顔を真っ赤にして苦笑いしながらOK。問題ないという事で交渉が成立しました。オーストラリアに来て、初めて英語でオーストラリア人に商品を販売出来たのです。英語で交渉が成立したのです。この時本当に嬉しかった。長年英語を勉強した甲斐があり、さらに営業の経験が活かされました。またEddieさんにお願いしました。仕事を下さい。日本人のお客様に対して営業、販売、ダイビングコースのお手伝いをさせて下さいとお願いしました。彼は私の履歴書の中で、東京コカコーラのセールスマンで何回かセールスコンテストで入賞した実績を買ってくれ仕事もくれました。オーストラリアに来て、オーストラリアのローカルの会社でフルタイムの仕事を得たのです。この時本当に長年コカコーラで営業をやって来て良かったと思いました。仕事が始まりました。会社、オーナー、全従業員オーストラリア人です。日本人は私だけです。全て英語で仕事をしなければいけないのです。これはキツイ、厳しい、大変、どうしようと悩みましたが、これを乗り切らないと海外に自分のダイビングショップを持つという夢が叶わないのです。夢を諦めるわけにはいかないのです。自分にとって夢は叶えるものなのです。毎秒、毎分、毎時間、毎日、毎月英語で会話をして、英語のビジネスレターを読み、書きました。英語英語英語英語の連続です。英語の熱いシャワーを浴びました。お陰様で英語は日晴食品と同様に日進月歩して、見る見る内に英語力を伸ばしました。オーナーのEddieさんはオーストラリアのパースに住む腕の良い営業マンでした。彼からダイビングビジネスの事をたくさん学びました。毎週1回の全体ミーティング。オーナー、社員が積極的に意見を交わしていました。毎週の個別ミーティングでは、自分の活動レポートと実績報告をしました。週に1回学校、バックパッカー、ホテル、旅行代理店など外回りの営業を英語で行いました。日本人コースをオーストラリア人のインストラクターと共に開催しました。オーストラリアでローカルの生活を英語でする事が出来たのです。これが良かったのです。これらの活動により、日本人の売り上げが極端に上がりました。日本人部門のマネージャーに昇進しました。さらに頑張って売り上げを上げました。1年と半年学校に行きながらフルタイムの仕事をこなしました。この時から5時間睡眠、それ以外は仕事の生活が始まったのです。滅私奉公、猪突猛進で頑張りました。たくさんのビジネスの勉強と経験をさせて貰らいました。オーナーの良い所悪い所も見て来ました。1年半後、オーナーは私のスポンサーになってくれ、労働ビザの申請をしてくれたのです。1年半頑張った甲斐があったのです。無事労働ビザを取得して、次の目標は永住ビザという事で、今まで以上に実績を上げる為に日夜努力して来たのです。パースに住む為に、パースで仕事をする為に何をやらなければいけないかを素直に考えてやって来ました。皆さんももしパースに住みたいのであれば、その為に何をしなければいけないかを、人には頼らず自分で考えて活動して下さい。でもどうしたら良いのかわからないという方は、一度高島道場に参加して下さい。この記事のご意見はmtaka@iinet.net.auまで


2006年6月Whats編集後記(高島人生紀行記) [高島人生紀行記]

何と、ついに、とうとう、やっと、What's日本語情報誌が、2006年6月で100号記念を迎えたのです。これは私にとって本当に偉大な事であり、継続する事により、大きな物を残せるという更なる自信を得る事が出来ました。たくさんの日本の方に様々なサービスを提供していきたいという事で、ダイビングショップ旅行代理店留学エージェントを持ち、更にこれらのサービスをより多く提供する為に、日本語情報誌を持ちました。最初の号は、本当に質素な1色刷りの雑誌でスタートしました。西オーストラリア政府観光局他色々な会社、大勢のスタッフのサポートを得て発刊する事が出来ました。最初は無我夢中で、毎月毎月ただがむしゃらにスタッフ、当社と取引をする関係会社、デザイナー、印刷会社などたくさんの方々の協力を得てこの雑誌を発行してきたのです。私自身も編集長そしてライターとしてやって来ました。編集後記、英語、ダイビング紀行記、その他の連載記事を寄稿しました。たくさんの読者の方とスタッフから喜び、感激、感動、感謝の声と涙をいただきました。この皆様の励ましが大きな支えとなって100号記念を迎える事が出来たのです。これは全て皆様のお陰なのです。本当にキツイ時がたくさんありました。原稿が書けない。書けない時は事務所の窓から飛び降りて自殺をする勢いでした。スタッフが辞めた。採算が取れない。色々な方から手間が掛かる、儲からないから止めて欲しいという依頼もありました。このような厳しい状況の中でも、諦めずに前向きに忍耐を持って継続して100号まで来ました。本当にやり抜いて良かったと思います。What'sの日本語情報誌は、これからもオーストラリア、特に西オーストラリア、更にパースの素晴らしさを紹介していきたいと思います。その良さを知る為の旅行商品、留学商品、ダイビング商品、様々なアクティビティ商品を紹介していきます。What'sの雑誌を通じて、皆様の大切で貴重な人生の中で素晴らしい体験、感動、出会い、ドラマを作り出すお手伝いが出来れば幸いです。What'sのお陰で人生の喜びを知った、生きていて良かったと言えるものにしていきたいと思います。これからWhat'sの日本語情報誌は充実期を向かえます。ますます皆様に喜ばれる楽しい情報を掲載していきたいと思います。What'sのテーマは、人と人との温かい交流の手助けです。旅行、留学、ダイビングを通じて、人同士が温かい交流をする事。人生の喜びを感じる事。生きていて良かったと感じる事を目指します。これからもWhat's社員一同、お客様、オーストラリアのサービス提供会社と共に、温かい交流と人生の喜びを共有していければと思います。最後に、What'sが100号記念に至るまで支えてくださった方々に、この紙面を通じてお礼を言わせていただきます。創刊号から100号記念まで、What'sの雑誌のデザインを担当してくれた独楽デザインのノリコさん、創刊号の製作を担当した親友ChiChiさん、財政担当のリタさん、What'sを改革した影武者坊主君、100号記念まで持ち込んでくれたチナツお姉さん、斬新にWhat'sの中身をリニューしてくれた勤勉なベン君、コツコツとオーストラリの旅行の魅力を伝えてくれた甘いミッティ君、ダイビングのコースとツアーの魅力を伝えてくれた、非常に質の高いインストラクターのヤス君と、本当に温かい人間的な魅力溢れるダイビングツアー担当のユカさん、留学の魅力を爽やかに伝えてくれた芯の強いカヨコさん、厳しい環境の中でも明るく元気で気持ち良く仕事をする、オーシャンサファリ担当のクミコさん、竜のように気高い尊厳を持ち、的確なアドバイスをしていただいたタツヤさん、腕が良く笑顔がまた可愛いシンデレラボーイ コンピュータ技師の忍君、爽やか繊細さでホームページを作成してくれたサヨさん、その他、今までWhat'sで携わったたくさんのスタッフの皆さん、たくさんの記事を提供していただいた方、サポートをしていただいた関係会社、またWhat's韓国版を担当している、龍みたいに強い気持ちを持っているリュウさん、What'sのパートナー、パース一番の勝負師コモトさん、お父さん、旦那さん、子供を愛しながら自分の新しい人生を切り開こうとしているWATDCのパートナー キョウコさん、自分の生き方を力強く全うしているGood Morning 爽やかなアサさん、人に生きる喜びを恵むメグミさん。皆さん本当に有難うございました。次の200号記念が出来るよう、更なる意欲を持って取組んでいきたいと思います。そして皆様、高島の無鉄砲、我がまま、ハチャメチャをよく理解していただき本当に有難うございます。私は今人生の喜び、人との温かい交流を楽しんでいます。本当に生きていて良かったと思います。皆さん、これからもWhat'sファミリーをよろしくお願いしますね。最後に、マサを生んでくれた世界で一番我慢強いお母さんと、強気のお父さんに有難う!感謝しています。人生漫才&万歳。これからも大いに言いたい事、やりたい事を素直にやっていきたいと思います。これからは高島素直に名前をかえようかな。


2006年5月Whats編集後記(高島人生紀行記) [高島人生紀行記]

私は13年間勤めた会社を退職して、世界の何処かに自分のダイビングショップを持つという目標を持って20年前パースに到着しました。英語をしっかりとマスターして、更にローカルのダイビングショップで必ずフルタイムの仕事を見つけようと決めました。Milnerという英語学校に入りました。ここでお弁当を自分で作って販売するアイデアを持ちました。早速学校のオーナー兼校長のMR Milnerさんと交渉しました。気持ち良く交渉が成立し、なおかつビジネスが成功するようにと励まされました。家賃なしでお弁当販売権を勝ち取ったのです。ちゃんと契約書も取りました。早速メニューを考えました。まずは日替わりランチです。牛丼、トンカツ弁当、チキンカツ弁当など$4で販売する事に決めました。焼きそば、お好み焼き、オニギリ、フルーツ、スナックの販売をする事も決めました。調理器材を買う為に、どこで販売しているかをイエローページで調べ、大きなフライパン、ボール、プラスティックのボックス、割り箸などを仕入れました。更に日本食品店で海苔、梅干、カツオブシ、昆布、焼そば、ソース、醤油、ミリンなど安く仕入れました。前日に日替わりランチを決めて食材を購入しました。毎朝4時に起きてご飯を炊き、全て調理をする前にしっかりと準備して作業に取り掛かりました。学校に行く直前にファーストフードを作るように集中して短時間の内に作り上げました。それをここで一番大きなクーラーボックスに入れ、フォードステーションワゴンで学校に運びました。授業を受けてお昼休みにラウンジでランチ販売をしました。非常に好評で、たくさんの日本人の方が私のお弁当を買ってくれました。特に新しく入って来た人は、私から情報収集する為に気持ち良く買ってくれました。このビジネスが大成功したのです。稼げたのです。その当時パースは非常に小さな街で、東のシドニー、ケアンズ、ゴールドコースト、メルボルンと比較して観光客、学生、ワーキングホリデー、日本人在住が少ない為に、仕事を見付けるのが大変でした。私の友人達もなかなか良い仕事が見付からず、大半の人が日本食レストランでキッチンハンド、ウエイトレスをしていました。私はそのような仕事には全然興味がなく、自分で何か新しいビジネスをパースで作ろうと決めていました。と言う意味では、人や会社に依存せずに自分で雇用を作り上げ、なおかつ自分がオーナーになってビジネスマネージメントをする事が大きな目標でした。収入もジャパレスの数倍も得る事が出来たのです。この学校でのランチ販売は他にたくさんの利益をもたらしました。それは何かというと、この学校の400名の学生と交流を持つ事が出来たのです。彼らに色々なサービスを提供する事が出来たのです。例えばダイビングコース、旅行、スカイダイビング、学校、車、シェアーの紹介をする事が出来たのです。ランチボックスを販売しながら、何とこれらのサービスのエージェント業も一緒に出来たのです。お陰様でたくさんのお客様にこれらのサービスを提供して、これらのお客様を色々なサービス会社に紹介する事が出来ました。紹介する事によりたくさんの紹介料も得たのです。一石二鳥でしょうか?この色々あるサービスの中で、私が一番欲しいお客様がダイビングをしたいというお客様でした。お陰様でダイビングをしたいと言うお客様を20名程集めました。当事パースのダイビングショップ、ダイビングベンチャーズを訪ね、オーナーのEddyさんと商談してこの20名のお客様を非常に良い値段で紹介しました。更にこのパースで大きなダイビングショップでフルタイムの仕事を得たのです。どうですか?皆さん、何か仕事を得る為の方法を得てくれましたでしょうか。仕事を下さいと言っても簡単に仕事はくれません。簡単に仕事を貰えないのなら貰える様に考えるのです。自分で仕事を作って、自分でビジネスを作って、自分でお客様を見付けて、これを企業に提供するのです。そうすれば必ずあなたは仕事を獲得出来ます。企業という物はビジネスが必要なのです。ビジネスがなかったらお給料が払えないのです。この仕組みをしっかり理解して就職活動をしましょう。これをしっかり理解出来ている人は仕事を簡単に見付けられるのです。あなたはその企業で成功する人になるのです。最終的にこのような人達が企業のマネージメントをやって行くのです。あなたは一生従業員として働いていきますか?それとも雇用主として働きますか?それは皆さんが決める事なのです。ビジネスを創出できる人のみが雇用主としてビジネスマネージメントが出来るのです。企業の中でそして企業家として勝ち組になるか負け組みになるかはあなた次第なのです。ビジネスマネージメントに興味がある方、私と一緒に小さなビジネスを共同経営してみませんか?パースに新たな起業家が現れてくる事を祈ります。出来ればたくさんの起業家を高島道場から創出出来る様頑張って行きたいと思います。記事に関するお問い合わせはメールにて


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